2021年度の不登校数は過去最多の24万4940人、実は1年間で5万人も増えている異常事態である
子どもたちにとって、学校が居心地の悪い空間になっていないか?
大人たちは子どもたちの話を丁寧にきいて、学校を安心して通える場にしないといけない。
この不登校の基準は年間に30日以上休んだ生徒がカウントされている。
ただし、学校によっては保健室登校や別教室での自習や校門まで来て先生と顔をあわせたら『出席』を認めることもある。
悩みながらも我慢しながらも1日を過ごしている生徒もいる。その中でこの『出席』という考え方が非常に私にとって不思議でならない。時間数ではないのか? 一瞬でも学校の敷地内に入れば出席なのか? それはそれでありがたいと思うご家庭もあるだろうし、逆に我慢しながらも一生懸命1日を過ごしている生徒もいる。
通知表も同じことが言える。中間や期末テストを受けなければ、通知表(1~5段階評価)を出すことができないががんばって受け、必要な提出物を出せば『1』が回避される不登校生もいる。
非常に不登校生という枠にいながらも、学校の対応によってはラッキ―な面も見え隠れするのが今の教育現場である。
学校が悪い、先生が悪いとは言わない。がそれでも対応が違いすぎる現状がいつまで続くのか?
民間と連携する自治体も増えてきているが、やはり文部科学省と経済産業省という大きな枠が違う以上、方針に食い違いは出るのでどうしても公私連携(共助)にもなりにくい。
フリースクールの存在もありがたい。ただ、出席扱いになるのはありがたいが、高額な費用を払わなくても、上記に記載したように保健室や先生と顔を合わせるだけで『出席』になるのであれば、高額なフリースクールに通う必要も実はない。
出席にばかりこだわっているわけではなく、フリースクールも人間形成の場としてのカリキュラムも豊富にそろえているのでご家庭の希望が出席ではなく、社会性を重視するのであれば、様々な特色を持った多くのフリースクールから選ぶ方針も大事なこと。
ただ、不要校理由の半数が『無気力・不安』であり、3人に1人である3万8千人は何も支援を受けていない現状も知ってもらいたい。ただ、不登校の定義である欠席日数30日以上の生徒の話であって、保健室・顔みせ登校などカウントしにくい生徒まで入れるとかなりの人数が支援を受けていない。
中学校には養護教諭やスクールカウンセラーがいる。児童相談所や病院・保健所・民間の子どもの支援団体もある中でどれとも関係がない生徒がいることも覚えていただきたい。
根本に戻れば、国民の義務の中に『子どもに普通教育を受けさせる義務』がある。つまり、子どもの学習環境も多様化してくる。国や自治体は子どもの学習に対する権利も状況に応じて支援する責務はあると私は思うが、それでも教師の数や仕事量や部活動などで精一杯の先生方への負担も同時に考えていかねばならない。
ただ、自助・共助・公助という言葉が出てきて、最終的には『自助』が出来る、自助にたどり着いた子どもが立ち上がることができるのも事実。共助・公助にしがみつく、そして期待する、責務があることも理解できる。
これから不登校の生徒が減ることはないだろう。そして高校も国公立・私立・通信と幅広い選択が出来るようになる半面、多くの職種が生まれることで夢の発見が遅れること、そしてかつての年功序列・終身雇用の時代からホワイト企業・働き方改革など『環境』に追加して、働く『意味』『価値』を付随した企業が勢いを増していくことになるだろうと思う。
ただ、古き良き時代
みんなで遊び、体育祭や部活動、修学旅行など『思い出』という部分の欠如はさみしい気もする。
これからの教育は大きく変革の時代に入っていく。
どんな教育、どんな生き方を大人が子どもたちの前に創っていくのか? 私も答えは出ていないがその答えを模索する学びは止めないで真剣に生きていこうと思う。